なぜポップラは倒れたのか?

中国新聞夕刊(2005年3月15日付)「でるた」より転載

広島市中区、基町POP'La通りのポプラの木、愛称・ポップラが昨年(2004年)9月7日の台風18号の強風を受け倒れた。そばでカラスがキョトンとしていた。
台風通過直後、近所の高校生3人が手伝ってくれ根に菰(こも)を巻いた。水分の蒸散を防ぐためだ。翌々日、官民の協働によりポップラを植え戻した。 
なぜ倒れたのか、仲間と話した。「台風のせい」。原因はそれだけだろうか。「川の水に触ってみたかった」、「25メートルを一気に泳ぎ、新記録を作ろうとした」。なるほど、倒木前の7月、彼(ポップラは雄の木)の身長を測定したところ、25.8メートルあった。 
1979年、基町環境護岸整備の時、多くの樹木が切られていく中で、1本のポプラが残された。その後、大きく成長し「水の都ひろしま」を代表する風景をつくった。昨年、護岸は完成から20年を経て「土木学会デザイン賞」特別賞を受賞した。その矢先の倒木。引退したかったのかもしれないが、人々は再生を願った。彼は実に数奇な生涯を送っている。 
昨年は日本に10個の台風が上陸した。地球温暖化現象だ。日本はこの100年で平均気温が1度上昇した。ペットボトル飲料とプラスチック包装のお弁当に便利さを感じるが、何億年もかかって地下深く埋蔵された石油の7割を、たった100年で現代人が使い切ろうとしている。温暖化は化石資源の消費により進む。 
つまり、「わたしたちがポップラを倒した」。彼は未来を問いかけている。 
 ― 隆杉純子(市民グループ「CAQ」) ―

撮影(2004年9月8日)/松浦康高さん



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