水辺の道〜川通りは広島の恵み

2003年春、川の風景に初めて目を向けた。川沿いの道(川通り)は車の進入がない歩行者の道。朝はチャリ通勤のラッシュ、昼間は憩いの遊歩道、夕方は帰宅を急ぐ人々に混じり、ジョギングとお散歩のペット達が夜道を分け合う。
1本のポプラの木を中心に、人の輪が生まれている。誰が言い出すともなく、ウォーキングやお散歩のゴール地点や目標はポプラだ。ホウキ状の樹形が絵になる風景を創っていた。
フランスではすべての道(広場、河岸、アーケードも)に「名前」がついている。旅行者が道に迷っても、パリなら『PARIS PLAN』を見れば現在地が分かる。タクシーは、通りの名を告げるだけで目的地に到着する。道の名前は、人名、地名、記念日にとどまらず、およそフランス共和国に関係のなさそうな名前、「黒田清輝通り」、「ピカソ広場」などがあり、フランスの懐の深さを思い知る。『パリ・道の名前事典』なる上下2巻の分厚い書籍がある。所在地、幅、長さ、名前の由来、誕生日、歴史的な建物や起きた事件などが記されている。
大量生産、大量消費。作って壊して、また作る。そのような現代とかけ離れた日常を「名前」から知った。パリ10区の「パサージュ・ジュフロア」は時計が止まっているのかと錯覚するほど、連綿とつながる質素な暮らしの息吹を感じる。名前に込められたものが地域を知るきっかけとなり、にわか知識であっても心の豊かさを味わえる。ジモティ(地元の人)でも知らないことが多いと聞く。
道に名前を刻むことは文化の伝承かもしれないと、直感的に感じた。日本はどうして「国道2号」や「本通り」なのか。「聖徳太子通り」「1945年8月6日通り」。歴史の伝え方をぼんやり考えていた。
広島に住んでいながら、山と川のパノラマ風景を一年に一度の桜の季節だけめでるのは、もったいないという思いが膨らみ、「川通りの命名プロジェクト」をたくらみ、広島中心部3カ所の川沿いの道に市民公募により「愛称」をいただいた。
ただし、愛称。道の雰囲気と名前が一致しなければ、消えてなくなる性格のもの。「誰がいつ決めたかは問題ではない」とまちづくりの専門家から助言をいただいた。決定した通りの名は、本川の「基町POP'La(ポップラ)通り」、元安川の「8月6日通り」、京橋川の「京橋 川ばた通り」「明神さんの川通り」「京橋カフェ通り」だ。
「基町環境護岸」(本川の空鞘橋上流の左岸)は、「基町POP'La通り」の名を授かったのちに満を持して、平成15年度「土木学会デザイン賞」特別賞を受賞した。護岸の設計者は、いち早く土木に景観デザインの視点を盛り込み、作品は「エポックメイキング」と賞賛された。当時のランドマークは別院(の屋根)、現在はポップラ(ポプラの木のこと)。時代に愛された「基町環境護岸」だ。
「名づけは空間に意味を与える行為」と設計者・中村良夫先生(東京工業大学名誉教授)はおっしゃる。「景観デザインは連句の発句、命名はとてもいい付け句」。親しい人とは特別な名前で呼び合いたいという本能的な行動だったが、アカデミックに整理されたように思えた。
「命名は物語の始まり・・・」と中村先生は言われる。「よい名前であれば、自然と広まる」、まちづくりの専門家の言葉と重なって聞こえた。



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